ヤングビーナス秘話
ヤングビーナスの生みの親、佐分利清一
ヤングビーナスを開発、創造したのは、創始者佐分利清一(故人)です。
奈良県、高取の地に生を受けた彼は、剛直の気質にとみ、若くして会社経営を軌道にのせ、壮年期には十指に余る企業を運営していました。
特に鉱山業においては大きな財をなしたと伝えられています。
ところが昭和25年、経営していた九州の鉱山で落盤事故が発生。幾多の人命が失われました。
直接手をくださずとも、とうとい命を失くしたことにかわりはない。
「いのち」の重みは大きな衝撃でした。
この事故をきっかけに、彼はこれまでの会社を全て整理。
深く人生を顧みるに至ったのです。
彼が47歳の時でした。
長い省察三昧の末、たどりついた境地は「現世の利益ではなく、日々心の遺産を積むこと、残された人生を社会貢献へ尽すこと」だったといいます。
終戦間もない20年代、別府は戦いに傷ついた人達の大きな慰安の場所でした。
この豊かなめぐみの温泉を、誰でもが使えるようにしよう。それがひいては「いのち」を大切にすることになるのならば…。
彼の第二の人生のスタートでした。
ヤングビーナスの完成が昭和36年、研究開始から11年の歳月が流れました。
時に佐分利清一58歳。
齢、60間近にして、彼はその製品を自転車に積み、一軒一軒の扉をたたき、温泉を語り、ヤングビーナスの効能を説きました。
その当時は浴剤というものの認識が薄く、生活の水準も低く、推進活動は困難をきわめました。
しかし製品を開発すること、そしてそれを推進すること、此のいずれもが「いのち」にかかわる、これが彼の信念の当然に帰結でした。
創始者佐分利清一の信念は、晩年まで、毫もゆらぐことがありませんでした。
「いのち」に傷つき、「いのち」に目ざめた創始者が、その全てを賦して創り上げた製品、それがヤングビーナスです。





















